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はじめまして、広田光輝と申します。

 

軽く自己紹介をさせてもらうと、

僕は大阪で生まれた、現在24歳の社長です。

 

決して裕福ではない家に生まれてからはや24年。

今は東京・新宿のタワーマンションに住み、月々の収入は500万円。

 

つまり、多くの会社員の年収を1ヶ月で稼いでいる24歳、ということになります。

 

しかも稼いでいるのは僕だけではありません。

 

僕が今までに指導した生徒さんは、

170名以上の方々が月収30万円を稼いでいます。

 

そんな実績の中で、去年11月から開始した方の1月の実績一覧です。

0から開始してたった3ヶ月目ですが、平均の利益で約30万円です。

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資本主義が猛威をふるい多くの会社が苦しむなか、

これだけの結果を出せたことは、僕の自信のもとにもなっています。

 

しかし、上で述べたような生活を送っている自分ですが、

元からお金持ちのお坊ちゃまではありません。

 

それどころか、最終学歴は偏差値32のド底辺高校出身。

華々しい経歴とは無縁の男です。

 

そんな僕がどうして社長となり、これほどの結果を出せたのか?

 

僕はその経過の全てをあなたに知ってもらうために、筆をとりました。

 

ざっと内容をまとめると、

・17歳で200万円の借金を背負い、人生どん底を経験した話

・結婚まで考えた彼女が風俗店で働いていた話

・僅かなお金でオーストラリアに行き、強制送還されかけた話

 

そして、

・22歳で起業家になった話

などなどです。

 

普通は経験しないようなだいぶ変わった内容となっていますが、

ぜひじっくりと読んでいただければと思います。

 

ひたすらぶっ飛んでいた10代

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話は遡り、中学1年生のころ。

当時の僕はサッカーばかりしていた少年でした。

 

ですがあるとき、それまでの熱が急に冷めてしまったんです。

「自分がやりたい事はサッカーでは無いな……」

ふとそう感じてからは、自然と足が遠のいてしまいました。

 

それからはドンドン道を踏み外す毎日です。

 

中学2年生のときなど、大阪・日本橋のでんでんタウンで

怪しいバイトに手を出して何と逮捕されました。

(ちょっと法に触れそうなDVDを販売するバイトです……笑)

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この写真は実際に逮捕された時のニュース写真です。

 

学校なんてもってのほか。

朝起きたらゲーセンへ遊びに行き、

お昼過ぎになったらたまに学校へ行く。

 

そんな中学生活を送っていました。

 

やがて進学の時期を迎え、入学したのは

布施北高校という地元最低と名高い高校

理由はといえば「仕事はしたくない」の一念。

 

入ってみればそこはまるで実写版クローズの様な、

とんでもないバカ学校でした。

 

出前のバイトをやりながら、朝も夜もバイクで走り回る毎日。

学校に行くのはやっぱり昼前です。

 

将来の事なんてなんにも考えていませんでした。

でも毎日はただただ楽しかった。

 

そんなある日。

 

僕の人生を変える大きな出来事が起こりました。

 

突然のバイク事故で激変する人生

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ある日の夜、バイクで走りまくった後の帰宅途中。

 

いつもの走り慣れた地元の道で、何も考えず

信号など気にも留めずに交差点を横断した、、、

 

まさにそのときです。

 

僕は走ってきた車に衝突してしまいました。

 

目の前が真っ白になり、気がついたら、8メートル程先の冷たい地面の上。

 

ふっ飛ばされ、意識を失っていたようでした。

幸い怪我はありませんでしたが、事故は事故、

話はそれだけでは終わりません。

 

全ての過失は信号無視をした僕にあったため、

相手の車の弁償代とバイク修理費(知人のバイク)、

合わせて200万円を払わなければならなくなります。

結局自分だけではお金を工面できず、親に立て替えてもらうことに。

 

しかし、裕福ではない僕の実家に200万円の負担は重く、

しかもちょうどその事故の数ヶ月前に、身内に不幸があったばかりでした。

 

それも、自殺。

 

大好きだった叔父さんが、借金のため自殺してしまったんです。

1人山奥で練炭を焚き、亡くなったとのこと……。

 

15分に1人が自殺していると言われる日本。

その原因は、ほとんどが「お金の問題」から来る「ストレス」「人間関係」らしいです。

叔父さんも相当苦しんでいたのだと思います。

 

そんな不幸な知らせが届くなか、さらに両親へ迷惑をかけてしまった。

 

そんな自分に後悔しても時すでに遅く、また僕に選択の余地はありません。

こうして、借金返済の日々は始まりました。

 

一刻もはやい借金返済のために

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何が何でもお金が必要になってからは一切の遊びを封印し、

とにかくバイトに明け暮れました。

 

学校が終わって、友達はカラオケやボウリングへ遊びに行きます。

僕はそれを見送り、毎日バイトをしてお金を稼ぎました。

 

そして高校卒業後はある会社に就職。

 

毎朝5時半起床、家に帰れるのは夜の22時という、超長時間労働の会社です。

 

しかしその甲斐あってか、事故から1年半ほど経った頃、

なんとか借金を返すことができました

 

ただそれは、僕が働いたから、というだけではありません。

 

途中で何度も心が挫けそうになっても必死に働けたのは、

当時付き合っていた彼女のおかげです。

 

本当にどれだけ支えになってくれたか、感謝してもしきれません。

 

僕はずっと傍にいてほしい、と本気で思いました。

 

ずっと働いていた会社は、とにかく長時間労働で

楽しさなんて一切無いような苦痛だらけの環境でしたが、

何とか耐えられたのは彼女がいてくれたからこそです。

 

仕事を始めて2年になろうとしていた頃です。

僕は彼女へのプロポーズを考え出すようになりました。

 

ですが、そのタイミングで耳に届いたのは

彼女が風俗店で働いてる、という事実でした。

 

彼女のために、何もできない自分

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僕の事を支えてくれていた彼女は、実は「お金」ですごく悩んでいたんです。

風俗店勤務という事実が、それを物語っています。

 

大好きな彼女が風俗で働いている事に対して悔しさは覚えませんでした。

 

胸にあったのは、それに気づけたとしても

「お金の事で何の助けにもなれない」

自分自身への強烈な悔しさです。

 

紆余曲折あって、結果的にその彼女には振られてしまいました。

それでも胸に残る気持ちは変わりません。

 

絶対お金持ちになってやる。

 

そう意思を新たにした瞬間でした。

 

辛いかもしれませんが、少し想像してみてください。

 

もし自分の大切な人が余命1ヶ月と診断されたとしたら、

あなたは今の状況で、その人のやりたい事

全てを叶えてあげることができますか?

 

余命1ヶ月ではなくとも、彼女にはすぐにでも助けが必要でした。

 

でも、当時の僕は悩んでいた彼女の何の助けにもなれなかったんです。

 

だからこそ、自分がお金持ちになって、いつか見返したい。

その頃の自分自身を見返したい、と思ったんです。

 

そう決意してから、自分の人生は大きく変わっていきました。

 

ちなみにその彼女からは最近連絡が来ました。

どうもサウジアラビア人の富豪と結婚することになったらしいです。

……幸せそうで何よりです。

 

まずは自分を変えるしかない! 海外への無謀な挑戦

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10代の頃の僕は、どうしようもないヤンキーで、

頭も悪くて何をしても中途半端な人間でした。

 

しかし、毎日16時間以上働き続ける、

何も面白みもない日常がとにかく苦痛で、

それに失恋も組み合わさったとき、僕は理解しました。

 

とうとう自分の人生を変えるときが来た、と。

そして僕は思い立ち、すぐさま実行しました。

 

それがオーストラリアへの旅立ちです。

 

海外へ行くことで、自分の性格を変えることができる。

自分の知らない世界を見ることで、自分の価値観を広げられる!

 

そんな思いから、たった10万円のお金を握りしめ、

初めての海外へ飛び出しました。

 

もちろん言葉が話せない恐怖や、10万円しかないのにどうやって1年間乗り切ろう、

という不安もありましたが、

 

「飛び込めば何とかなる!」

 

その考えだけで日本を出て、7000km先の地で生活を始めました。

 

今考えると無謀過ぎますね。よく死ななかったと思います。笑

 

何はともあれ初の海外。手元には僅かの資金。

当然現地についてまずしたことは仕事探しです。

 

そうじゃないと死んでしまいますからね。

 

英語なんて全くわからない状態だったので、

僕はスーパーマーケットの前でダンボールを持って立ち続けました。

 

ダンボールには、拙い英語の文字。

 

「GIVE ME A JOB!」(仕事をください!)

 

日本と違い、たくさんの方が声を掛けてくれたのですが、

なにしろ英語が分からないので会話にすらならない……。

 

流石に困りました。このままでは飢え死にです。

財布はみるみる軽くなっていく一方。

 

しかし、店の前に立ち始めて3日目。

今でも第2の父親と思っている

オーストラリア人との奇跡の出会いがありました。

 

「ヘイ!ボーイ。カム(そこの少年。来い)」

 

この言葉は今でも忘れません。

 

僕は呼んでくれた彼は現地での仕事を紹介してくれました。

その時給、何と22ドル(当時2200円!)です。

 

仕事自体は1日12時間働く、まさに馬車馬のようなものでしたが、

おかげで半年間のうちに100万円近いお金を貯めることができました。

 

ところが、お金も稼げて、段々と生活にも慣れてきた頃。

またまたハプニングが起こります。

 

まさかの逮捕で強制送還の危機

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仲の良い日本人の友達がバイクを買ったと聞き、

じゃあみんなで完全なゴーストタウンとなった夜の街に繰り出そう、

とはしゃいでいたある日。

 

なお、もちろん僕は日本の免許もないので、国際免許は持っていません。

 

でもさすがに、こんな田舎で警察なんて見たことないし、大丈夫だろう。

そんな感覚で国道に出て、久しぶりのバイクにアドレナリンが爆発。

 

そして、後ろから一台の車が現れました。

 

パトカーでした。笑

 

いやもう、笑うしかないですよ。

英語で「STOP PLEASE」って即言われましたからね。

 

しかも僕が乗った瞬間、バイクのテールランプが切れたんです。

完全に呪われてるとしか思えません。

 

まさかまさかの展開で、僕の顔は一転して冷や汗だらだらです。

とにかく英語がわからないフリをして乗り切ろう作戦に出ましたが、

 

聞こえてきた言葉は、

「もしお前が免許とパスポートを出さなければ檻に入れる」

 

やばい。このままだとガチで強制送還だ。

そう思った時に、ある友人が助け舟を出してくれました。

 

その人は、何年もずっと世界を旅している人で、髪の毛もヒゲももじゃもじゃで、

まさに旅人といった感じの見た目をしています。

 

相手が日本語はわからない、という状況を使い、

どうにかこの場を乗り切れないかと考えて、

その人の免許とパスポートを「僕のです。」

と差し出してみる作戦に出ました。

 

幸いにも、免許の写真は僕に似ていなくもありません。

 

日本人が外人の顔を正しく見分けられないのと同じく、

白人もアジア人の顔は見分けられなかったのでしょう。

 

最後には何とかごまかせたようで、僕は無灯火の罰金だけで解放されます。

 

「セーーーーフ!」

と叫びたいくらい安心しました。

本当に危機一髪のピンチでした。

 

ただ不思議なことに、どんなことでも

終わってしまえば人間胆力がつくもので、

振り返ってみると最高に面白い経験になったと思います。

今では話のネタとしても大活躍です。

 

そして、一歩間違えれば強制送還という、

普通に生きていたら絶対に遭遇しない貴重(?)な経験は、

僕のビジネスを始める1つのきっかけにもなってくれました。

 

全ての経験はビジネスへの肥やしに

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嫌で嫌でしょうがなかった日常を抜け世界へ飛び出したことで、

僕の価値観や考え方は大きく変化しました。

 

「自分の人生は、行動次第で変えられる!」

 

そう思えるようになったんです。

 

今に悩んでいても、動き出さなければ何も変わりません。

行動するからこそ、何かを得られるのだと思います。

 

そう思ってからは、もっと海外へ行きたい、色んな国を見て回りたい。

そんな夢ができました

 

しかしそのためには、

会社員の身へ戻るという選択はできない。

 

戻れば、また昔と同じような縛られた生活が待っているだけです。

 

だからこそ自分の力でお金を稼げるようになるしかない!

 

それも、場所も時間も選ばず、お金を稼ぐことのできる方法で。

 

僕は悩み、考えました。

 

そして出会ったのが、

インターネットを使ってお金を稼ぐネットビジネスです。

 

元カノとの思い出が閃きの合図

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インターネットで「稼ぐ」と検索すると、

出てくるのは、アフィリエイトや投資、物販ビジネスでした。

 

そのうちアフィリエイトやバイナリーオプションなどには手を出しましたが、

どれも「自分が稼げるイメージ」が一切できず、意欲も湧いてきませんでした。

 

そして最終的に、物販ビジネスにたどり着きました。

 

とはいっても何をすればいいのかもわからない状態。

とりあえず家にある物をオークションで販売してみようと思い、

家を探したところ、3DSが出てきました。

 

元カノと買いに行った、思い出の品です。

 

思いきって、出品してみることにしました。

 

新品で15000円くらいの商品で、1年くらい使用していた傷のある中古品です。

僕の当初の予想は1万円もいかないだろう、という程度でした。

 

が、何と! 

それが22000円で落札されたのです!!

 

「え!?なんで!?」僕は驚きました。

 

その理由は、その3DSがすでに生産終了されていて、

希少価値が高かったからでした。

 

この時、僕は確信しました。

「オークションを極めれば、生活できるくらいのお金を稼げる!」

あとはもう突き進むだけです。

 

現実に、僕は何度も挫折や失敗を繰り返しながら、わずか半年後には、

月100万円の利益を出せるようにまでなりました。

 

8人の仲間と共に修行の日々を

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月収100万円とはいっても、それは僕1人だけで稼いだわけではありません。

 

オークションを活用した物販ビジネスを知った頃に出会った

8人の仲間と一緒に働いたからこその結果です。

 

年齢も性別もばらばらながら、ある繋がりから出会った僕らは、

共同の事務所で一心不乱に物販ビジネスに取り組みました。

 

それぞれが独立した個人事業主という形ではありましたが、

仕入れた商品や販売した商品など、全ての情報を共有し、

1つの共同体となって働いたのです。

 

1日の終わりは必ずみんなで意見交換をする時間がありました。

 

僕「今日さーキャンプ用品で1万円も利益でるものあったよ!」

 

仲間A「え?どんな商品か教えて!」

 

僕「コールマンのランタンでさ!○○って型番なんだけど

リサーチしてみて!」

 

仲間A「俺は今日、空気清浄機で失敗があってさ、

仕入れた商品のフィルターが真っ黒で、、売り物にならないよ。」

 

仲間B「それってフィルターだけでも安くで買えるよ!」

 

仲間A「まじで!?買ってみるわ!」

 

こんな会話を毎日、毎日繰り返しているうちに、

 

その結果、半年後には全員が50万円以上の利益を出せるようになりました。

これもまた貴重な経験です。

 

今でもその環境には感謝していますし、

またその環境が無ければ、今の僕はなかったでしょう。

 

現在はたくさんの生徒さんを抱える教育事業をしていますが、

そこでも必ず伝えることは、「“横の繋がり”を大切にしよう」ということ。

 

もし僕がたった1人だったら、

100万円を稼ぎ出すという結果を出すことは不可能でした。

 

8人分の経験が自分の身に結実したからこそ、

その結果に繋がったんだと思います。

 

そして、開始9ヶ月目。

とうとう利益が200万円に届き、僕はそのタイミングで

会社を興す決意を固めました!

 

ずっと憧れていた社長になる日が来たのです。

 

実感した現実の厳しさ

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栄えある会社名は「JPARCS」。

 

「日本から世界へ孤を描く」

「いつか世界中と取引ができるような会社にしたい」

という意味が込められています

 

かなりの見切り発車ではありましたが、

2015年3月に無事法人として設立できました。

 

しかし、現実はそう上手くいきません。

儲かっているからと勢いだけで法人化したのが仇となりました。

 

社員への給料や事務所の固定費など、予想以上の出費の嵐。

 

挙句利益はほとんど残らず、このままでは

6月くらいで倒産してしまうかも、という状態にまで追い込まれてしまいました。

 

考えがあまりにも浅はか過ぎたのでしょう。

まさか会社を設立してすぐ倒産の危機に陥るなんて、思ってもいませんでした。

 

「稼いでいればなんとかなるだろう……」

 

そんな経営者としては失格な考え方で物事を進めたツケでしょうか。

僕はこのとき、かなりの窮地に立っていました。

 

救世主・メンターあらわる!

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軽い気持ちで起業してみたら、待っていたのはトラブルばかり。

もう気が滅入って仕方ない毎日でした。

 

でもそんな時に助けてくれたのが、メンター。

まさしく「指導者」の方です。

 

ある日、どう考えても事業がうまく進んでいないと気づいた僕は、

完全に精神的に参ってしまっていました。

 

それは、毎日メンターに送っていた日報に現れていたのか、

突然メッセージがきて、難波パークスの前にあるカフェに誘ってくれました。

 

情けない状態を見せたくないと、悩んでいた僕ですが、

満面の笑顔で、僕の事を迎えてくれて

「なんかトラブルでもあったの?」って聞いてくれたのです。

 

 

そして、たった30分間、話をさせてもらっただけで、

ずっと悩んでいた僕の目に、問題解決の道筋が綺麗な一本道として

見えるのがわかったんです。

 

その後、倒産の危機は回避でき、

むしろ会社は右肩上がりに成長していきました。

 

指導してくれる人のとんでもない偉大さ、重要さを学んだ時間でした。

 

今では業界トップの方から直接ビジネスを学ばせていただいていますが、

やはり自分の頭で考えても、答えがでない事はたくさんあります。

 

それを解決する方法は簡単です。

「すでに経験している方に相談すること」

それに尽きます。

 

そして僕は思いました。

僕自身も、かつての僕のような人々を助けたい。 

 

そして、自身の経験から培ったその手法を

「これから起業を目指す方」へ教える側へ回ることにしました。

 

24歳の先生が350人の生徒を指導

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僕は2015年の夏頃から本格的に教育事業を開始し

今までに350名以上の方に物販ビジネスを指導してきました。

 

ただこれは、それだけの需要が潜在的にあった、ということです。

 

これからの時代、ネットを活用したビジネスはさらに大きくなっていきます。

 

近所の小売店が倒産して、ネット通販の会社が大きくなっていく時代です。

 

つまり、ネットでの販売力がものをいう時代になっているのです。

 

そんな時代で、ネットで商品を仕入れ販売する力を身につければ、

万が一、会社をリストラになろうとも、人間関係に疲れ精神的に参ってしまっても、

自宅にいながらお金を稼ぎ、生活できるようになります。

 

なら、ノウハウを知りたいと思う生徒が増えるのも当たり前ではないでしょうか。

 

僕はネットを活用した物販ビジネスで稼ぐ力を身につけたからこそ、

自分よりも歳は上の方々から「先生」と呼ばれ、仕事をさせてもらえるんです。

 

だからこそ、常に最前線を走ることで、時代の変化に適したノウハウを作り続けています。

指導する以上、誰よりも先にいってなければなりません。

 

今僕は、会社員として働いていた10代の頃とは違い、

たくさんの仲間に囲まれて、幸せで楽しい毎日を過ごしています。

 

年に数回は、生徒さんと一緒にアメリカやイタリアに行きます。

海外にだってもう好きなだけ行けます。

 

現地のセレクトショップでブランド物を仕入れて輸入し、

そして美味しいピザを食べながらワインを飲んで、

皆でビジネストークをして盛り上がります。

 

そんな素晴らしい経験ができるのも、全てはオークションを極めたおかげです。

 

夢は周りに100人の社長をつくること

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みんな最初は半信半疑です。

 

「自分がビジネスで稼げるだろうか」

「失敗したらどうしよう」

 

そう考えるのが普通です。

 

しかし、迷ってばかりでは何も変わりません。

それではあまりにももったいない。

 

そんな人々が抱える不安を少しでも解消して、

以前の僕のように人生を変える一歩を踏み出してもらうことが、

今の僕に与えられた使命です。

 

かつての僕は、中途半端で何も成せない人間でした。

だから、もし燻っている人がいるなら、その人たちの気持ちはわかるつもりです。

自分自身に納得できない、何かしらの悔しさを抱える気持ちもわかります。

 

それを乗り越え、克服した僕なら。

あなたに近い距離から、そっと不安を取り除くことができます。

 

絶対に100点を取らないといけないテストがあったとして、

生徒にとって一番良い学習方法は何でしょうか。

 

大きな教室で、100人の生徒と1人の先生で勉強を受けることでしょうか。

それともほぼマンツーマンで、じっくりと指導を受けることでしょうか。

 

考えるまでもなく後者ですよね。

 

もちろん僕はたくさんの生徒と接しているからといって

一人ひとりをおざなりにはしません。

 

自分と接する人には、寝る時間を削ってでも必ず時間をつくります。

 

それが、教育者、指導者としてのあるべき姿だと思っています。

 

そして将来、力をつけて自立した暁には、

お互いに助け合いができるような関係になりたい。

 

右も左もわからなかった頃、8人の仲間と共に学び互いを高め合ったように、

強い繋がりのもと一緒に仕事をできる最強の集団を作りたい。

 

今の夢は、30歳までに100人の社長を育てること。

 

100人の強い繋がりがある社長を

自分がきっかけで生み出す事で最強の集団を作ることができる。

 

今最も、僕が力を入れている夢です。

 

100人いれば100人が稼げる、100%成功の法則

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ネットビジネスの業界は、正直言って詐欺師が乱立しています。

僕も見る目が無かった所為で、詐欺にも遭いました。

 

なので目先の美味しい話や、胡散臭い話の危険性はよく知っています。

それは絶対に信用してはいけません。

僕のように後悔することになります。

 

パソコンスキルもない人が、アフィリエイトで稼ぐことはできません。

資金のない人が、投資やFXで稼ぐことは現実的に不可能です。

・YOUTUBE

・ブログのアフィリエイト

・FXやバイナリー

・謎な暗号通貨

・輸出ビジネス

・輸入ビジネス

 

など色々なものがありますが、

必ず自分の背丈にあったビジネスを選びましょう。

 

僕がおすすめするのは1つ、

オークションを学ぶことです。

 

この先、永久に使い続けることのできる力です。

 

人が物を買い続ける以上、必ずそれを売る人がいます。

そして、それを求めている人も、必ずどこかにいるのです。

 

その仕組みを理解することができれば、

あなたは会社に依存しなくても生活ができるようになります。

 

そもそもなぜ僕が、

100人指導すれば100人が稼げるようになるとまで言い切れるのか?

 

その根拠は今までの経験と実績です。

ただ、いつも僕はこうも考えています。

 

「稼げるようにならない人なんて、絶対にいない。

大切なことは、いかに自分をコントロールして、そして継続することができるかどうかだ」

 

ダイエットも筋トレも、継続さえできれば必ず結果が出ます。

 

しかし、その「継続する」ということが何より一番難しいことです。

 

稼げる手法なんて、いくらでもあります。

とはいえ同じ手法で10人が取り組んでも、全員同じ結果にはなりません。

 

人それぞれの能力や環境、価値観が違うからです。

 

学校で同じ先生から、同じ教科書を配られてもテストの点数はみんな違います。

いい点数が取れる人もいれば、悪い点数の人もいる。

 

これはビジネスの世界でも同じです。

 

だからこそ、僕が意識していることは、

あなた自身がやりがいを感じて継続できるように、

少し先を進んでいる自分が目標への「一本道」を整えることです。

 

あなたの環境で、こういった目標を目指すなら、こう進みましょう!

それがあなたにとって成功までの一本道ですよ!

 

そう指導しています。

 

あとは、行動を続けられる環境を作ることです。

 

普通に会社員をしていても、周りに心おきなく

何かの相談が出来る人はそういないと思います。

 

でも、僕の周りにはその環境があります。

ネットを活用してみんなで学び、情報をシェアして、稼ぎ続けられる環境です。

 

これこそが、最も重要なポイントです!

 

さいごに

 

長文になりましたが、

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

この文を書きながら、久しぶりに自分の過去を振り返りました。

ほんと、どうしようもないバカです。笑

 

でもそんな僕ですら、今では金銭的にも、時間的にも、精神的にも余裕が生まれて、

特に「我慢」ということをしない生活を手にすることができました。

 

正直、今が楽しくて楽しくて仕方がありません。

 

昔は本当に辛かったです。

本気で自殺を考えたこともありました。

 

しかし、僕は海外へ飛び出したことで気づきました。

 

「自分の行動次第で、絶対に人生は変えられる」

 

あなたが今、どんな状況であっても、

生活に満足できていない毎日を送っていても、

 

何か行動を起こさなければ、この先はずっと同じなんです。

 

人は歳をとればとるほど消耗していきます。

 

だから、「今」しかないんです。

 

ぜひ、少しでも自分を変えたい。

そう考えているなら、今スグに行動してみてください。

 

借金にまみれ、彼女に振られる不甲斐ない自分のままでいて悔しくはありませんか?

どこかで自分を変えたいと思いませんか?

 

別にオーストラリアに行け、とは言いません。笑

 

それよりもほんの小さな、でもあなたにとっては他の誰よりも、

何よりも大きな一歩を踏み出せれば、それだけで全ては変わります。

 

この文を読んでくれたあなたが、自身の未来に

大きな一歩を踏み出すことを願っております。

 

ぜひ、どこかでお会い出来る機会があれば、

一緒に夢について語りましょう!

 

最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

 

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